ロンドン ワインに関するあれこれ

  • イギリスとワイン 2人のワイン評論家

正味5日間と極めて短期間のロンドン出張のなか、今回の目的の1つはできるだけワインに関するロンドンの日常に触れることだった。

イギリスには1年間住んだことも、またその後も何度も訪問する機会があったが、その際にはイギリス=ワインという結びつきは特に感じなかった。せいぜい、パブのメニューの1つに、ビールとならんで置いてある、というくらいの認識しかなかった。

しかし、本格的にワインを飲むようになってから、ワイン関連の本もそれに合わせて読むようになり、そこで2人の素晴らしいワイン評論家の本に出会ったことで、イギリスの地とワインの結びつきの強さを初めて知ることになる。

1人は、ヒュー・ジョンソン。彼の書いた「ワインの歴史」という本は、グルジア近辺から誕生されたとされるワインが、どのように世界中に広まっていったかを、まったく飽きさせない様々なエピソードを紹介している。この本をきっかけに、ワインは西洋の飲み物ではなく、ある意味でアジアが発祥であること、また中国でも古くから飲まれていたこと(そういえば「葡萄の美酒、夜光の杯」、という有名な漢詩のくだりもある)、加えていえば、ボルドーワインも、シェリーも、ポートも、原産地だけでなく、イギリスなどの輸入国が深くかかわるグローバルな活動の中で進化していったこと(もっと古くいえば、ギリシアにローマがかかわることも挙げられる)など、西洋の人間でもない自分がワインを好むようになったことは、特に歴史的な流れからいってもまったく不思議でないことを強く感じた。また、彼の「ポケット・ワイン・ブック」という本も、世界中に様々なワインがあることを教えてくれた。

もう1人は、ジャンシス・ロビンソン。彼女の「ワインの飲み方、選び方」(原題はMaster Glass)は、舌が様々な味わいをどう感じるかを実践を通じて(塩や砂糖をなめるだけでなく、歯磨き粉まで)読者に示し、そこから一気に、各品種・各産地の多様なワインの世界を紹介してくれる素晴らしい本だ。語り口が軽妙でかつ誠実なこの本から得るところは多く、参考ページに折り返しをいれるくせがあるのだが、この折り返しがいっぱいになってしまった。彼女はFinancial Timesにもワインの連載をもっており、滞在中も彼女の連載(今回の記事は、最近、オーストラリアなど新世界でも繊細なピノノワールが増えてきてよろしいといったものだった)を読み、あらためてそのわかりやすい語り口に感心した。

ということで、ロンドン出張に際して、ワインをテーマにいくつか試してみようと心に決めていたのだった。

  • ワインバー事情

仕事をきっかけに知り合った(彼も地方自治関連の調査研究の仕事についている)数年来の友人のアンドリュー君とは、音楽の趣味があうこと、またお酒が二人とも大好きなことから、極めて親しい。そうした彼に今回は、ロンドンの人々が通常行っているようなワインバーを案内してほしい、ということをお願いしていた。

まず連れて行かれたのは、Gordon's Wine Barというロンドンで最も古いワインバーの1つだった。歴史あるワインバーと言っても敷居は全く高くない。むしろ、老舗の地元に親しまれたパブといった雰囲気だった。訪れた際はワインを楽しむ人でごったがえしており、若いカップルから(公然と僕の横でキスばかりしないでください)、仕事が終わったジェントルマンまで(おつかれさまです)、様々な人が様々なスタイルでワインを楽しんでいた。Spanish wine addictな僕はリオハの赤を頼んだところ(Rivallana Tinto Rioja。ウェブサイトのワインリストで確認できた)、にこやかになみなみとグラスについでくれた(4ポンド。いまだと600円程度)。香りよく、フレッシュで、期待通りのリオハを手に、ソーヴィニョン・ブランを楽しむアンドリュー君(彼は白ワインのフリーク)とロンドンのワイン事情などあれこれ話す。彼によれば若い人もだいぶワインを飲むようになってきているのでは、ということだった。

そして、今度はEbury Wine Bar and Restaurantというビクトリア駅近くのワインバーに行った。こちらは先ほどのゴードンとは異なり、かなりこぎれいな雰囲気の場所だ。とはいえ、高級感漂うというよりは、どこかのオーガニックカフェのようなきわめて健全な雰囲気のところだ。僕の席の前には、着飾っているなかでも80歳くらいいっているのではないかというおばあさんが白のグラスを楽しんでおり、店員相手にあれこれ世間話をしていた。ここではハウスセレクションのNero D'Avola, Mandrarossa, 2005というイタリアワインをグラスでもらった。ちょっと果実味を出しすぎていて飽きそうな感じだったが、飲んでいるうちに元気になる味だった。こうした雰囲気の店には玄妙なワインよりも、わかりやすくほがらかなほうがあっているのかもしれない。

それからは、ワインバーでは、SOHOにあるTerroirsというお店、あとはワインバーではないが、モダンチャイニーズのHaozhanというお店(ここの中華は絶品!脂っぽくなく、洗練されている。4人でチリのカベルネ・ソービニョン、カリフォルニアのメルローなど楽しみ、食べっぷり、飲みっぷりのよさに帰りに従業員に握手を求められた)、シティにあるアルゼンチン料理のGaucho Smithfiled(店内は極めて洗練された雰囲気で、お肉が抜群にうまく、またチリワインも素晴らしかった。)、SOHOのSoという日本食レストラン(同僚がこのお店のシェフと知り合いなので顔を出してきたが、煮物や焼き物のレベルが高く、驚いた。Primitivo Salentoというイタリアワインもよかった)など、食事にワインに堪能することができた。

  • ワインショップ

ポンド安をいいことに、当然、お土産にもワインをと考える。今回は一度行ってみたかった、Berry Bros & Ruddでワインを購入した。

こちらは、英国王室御用達のワインショップということで、昔は店内で客が展示されたワインボトルを見て選ぶのではなく、すべて店員に相談して販売していたそうだ。今もそうした販売の傾向が強いらしく、入ったとたんにすぐに何をお探しですかと声をかけられた。

スペインワインのお勧めで、フレッシュさと深みがよく出ているものはありませんか、と伝えたところ、すぐに4種類ほどのスペインワインを紹介してもらう。これはニューワールドに近い、これはテンプラニーリョ主体でかつ伝統的、こちらはブレンドの良さがでており複雑味がある、などあれこれ話を聞いているだけでも楽しい。「新世界的なニュアンスなものよりも、もっとsubtleでsavedなものが」などといったら、そういうワインのほうがいいですよね、と笑って同意され、それならばとまた別のものを勧めてくれるなど、ただワインを売るだけでなく、ワイン探索の楽しみを提供してくれる。こうしたワインの好みを伝えられるようになったことは、ワインスクールに通った成果だと改めて感じた。先生やクラスの受講生の方々に本当に感謝だ。

ここではリオハ、バローロ、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノと3本のワインを購入した。いずれも20ポンドから50ポンド程度(3000円から7000円程度)のもので、お店の雰囲気やサービスの割には、わりとリーズナブルな買い物ができたと思う。1本1本丁寧に、お店の名前が入った包装紙で包んでくれるのもなんだか嬉しかった。

買い物をした後はしばらく店内を見学する。内装も重厚で、プレミアムワインコーナーは5大シャトーの様々な年代のワインが展示されており、またスピリッツのコーナーではシングルモルトもよくそろっていた。またここではワインスクールも開講しており、そのパンフレットももらってきた。ラフィットばかりを飲む一回10万円近い講座もあれば、日本食に合うワインを紹介する1万円程度のランチ講座もあるなど(寿司にソービニョン・ブランは想定できたが、照り焼きや餃子に合うワインまで紹介されていた・・・)、パンフを読んでいるだけでも楽しかった。Berry Bros & RuddはMust Visitだな、と再訪を誓いつつ、3本のワインの心地よい重みを手に、他にもさまざまな嗜好品の店がたちならぶ(シガーの店など)St James Streetを後にした。

  • Vinopolis

ロンドンにはVinopolisというワイン博物館がある。出張前にウェブサイトからチケットを購入する際に、チケットによっていくつかテイスティングできるパターンが異なることをしった。今回は通常のワイン6種類、プレミアムワイン3種類、そしておまけのように付いてきたカクテル1種類とラム3種類のチケットを購入した。

ロンドンブリッジの駅から数分の、フィッシュマーケットや、赤レンガの建物がたくさんある魅力的な区域に立地していた。外装は新しく、モダンで、併設されているレストランには人が既にごったがえしていた。

入場して、まずは30分ほどのテイスティングの講習。ここでは、INAOのグラスを渡され、これにワインを注いだ上で、Academy de Vinで習っているテイスティングの方法について、極めて短時間で紹介を受けた(真っ白な紙の上でワインの色を確かめてみましょうなど)。その後は三々五々散らばって、3か所のテイスティングブースや、様々な展示コーナーを行き来しつつ、テイスティングを楽しんだ。

今回はせっかくなので普段飲まないものを、と思い、チェコポルトガル、インド(!)、タイ(!)といったワインを試みた。このうち、名前は失念してしまったが、インドのレゼルバと表記されたものは、シガーの香りが漂うなか、深みのある味わいがでており、品質が高く、大変驚いた。また、試飲したポルトガルワインも、スペインワインよりソフトながら味わいは豊かで大変気に入った。ちょうど、出国の直前に表参道のポルトガル料理レストランにいって、そこでもポルトガルの赤ワインに大変感心したが、今後は注意を払っていきたいと感じた。

ワインもよかったが、ラムについてもこれまで知らない世界を体験した。カクテルではマティーニマルガリータと並んで、ダイキリが特に好みで、ラムについては好印象をもともと持っていたが、ラムそのものを買って飲むようなことをなかった。ここでは、3種類のラムをストレートで試飲をでき、その濃く甘い味わいを楽しんだのだが、スタッフの女性が、これを飲むと驚くと思うから、と取り出してくれたグラスを試して、これまで自分がラムについて全然知らなかったことに気づいた。

そのグラスからはそれまで飲んだラムからは考えられないほどの甘く芳醇な香りが漂い、またその味わいは先ほどまで飲んだワインの数倍の甘さを感じさせるものだった。このラムは何ですかと急ぎ尋ねると、いたずらっぽく笑って、同じラムを3時間前からグラスに開けて置いておいたものですよ、との答えがあった。ワインもデキャンタなどを通して空気に触れさせることで味わいがやわらかくなるが、ラムについて酸化させることで味わいが開くものだと知った。

  • ワインに関する本

最後に、今回購入したワインに関する本を紹介したい。まずは、W H Smith(雑誌販売のチェーン店)で最新号のDecanter(イギリスのワイン雑誌。アカデミー・デュ・ヴァンの創設者のスパリュアさんも編集に関わっている)を購入。丸善では1500円近い値段で売っているが、現地では3.8ポンド。かなりお得。しかも4月号はスペインワインテイスティング特集もあって、個人的には最高。

次は、Vincent GasnierというソムリエのHow to choose wineという本。こちらは本屋のワインコーナーで立ち読みしており、写真がたくさん入ったわかりやすさと、体系的な記述に感心して買うことにした。先ほどのDecanterや、またヒュー・ジョンソンのポケット・ワイン・ブックなど、英語で書かれたワイン関連の本を読む際に、一度まとめて英語でのワインの表現方法を勉強したいと思っていたが、それに役立ちそうな本だった。

How To Choose Wine

How To Choose Wine

ちなみに、英語を通してワインの雑誌や本、あるいはネット上の情報に接する利点は、イギリスやアメリカのWine Enthusiastたちが何を今評価しているか、飲んでいるかをいち早く知ることができることにある。また、邦訳された本よりも極めて安くそうした情報を把握できること(毎年発売されるポケット・ワイン・ブックは日本ではかなり遅れて発売されるだけでなく、値段も4倍もする)も挙げられる。

他にも、2009年版のポケット・ワイン・ブック、そしてこんな本があればと思っていたとおりのPenin Guide to Spanish Wine 2009を購入した。このスペインワインのガイドブックは、パーカー方式の100点満点でスペインワインが評価されており、また地域別・評価点別のリストも掲載されているなど、スペインワイン好きには極めて実用的な本だ。ラベルの写真も豊富で親しみやすい。しかし、その分厚さにはまだまだ知らないスペインワインがいくらでもあることを物語っている。

Penin Guide to Spanish Wine 2009

Penin Guide to Spanish Wine 2009

以上、今回のロンドン出張におけるワインに関するあれこれを記録した。思ったより長くなってしまったが、書いていて極めて楽しかった。総じていえば、ロンドンのワイン事情は極めて豊かであることは間違いないといえる。再訪がいつになるかわからないが、次回の訪問もとても楽しみだ。